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第160回芥川賞⑱ 番外編Ⅳ 直木賞候補作予想『ぼくは朝日』朝倉かすみ(潮出版社)

 

ぼくは朝日

ぼくは朝日

 

  朝倉かすみさんの作品を読むのは二度目である。前回読んだのは『てらさふ』でという作品であった。

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  『てらさふ』は芥川賞を狙う女子高生が主人公であるという自己言及的な側面を持っており、直木賞には上がらなかったが、本当に素晴らしい作品だった。

 『てらさふ』が直木賞に入らないということを踏まえると、今作もなかなか厳しいと言わざるを得ない。まず出版社の規模からして難しいだろう。潮出版から候補入りした例を探したところ、35年前の第89回に森瑤子さんが『風物語』で候補になっている。

 たった一例しかない前例を更新するほど絶対に候補に推したい作品かと聞かれると、なかなか難しいものがある。

 昭和の家庭の風景をていねいに掬い上げたこの作品は、派手なところはないが読んでいてしみじみと懐かしく温かい気持ちにはなれるだろう。直木賞でなければぜんぜん問題ない作品である。

 ただわざわざ直木賞で取り上げるべきかと考えると微妙なのだ。しかし直木賞の「推されてしかるべき作家の推されてしかるべき作品を次々と見逃し、結果としてなぜこれが、というような微妙な作品で候補にしてしまう」という特性を鑑みると今作が候補入りする可能性ももしかするとなくはないのかもしれない。

 朝倉さんはまだまだ書き続けられると思うので、もっと心を抉ってくるようなえげつない作品で選考委員を平伏せさせてほしいと思う。

第160回芥川賞⑰ 候補作予想「ニムロッド」上田岳弘、「裏山の凄い猿」舞城王太郎(『群像』12月号)

  本当に最近何を読んでも面白い。平和で幸せな人生だが、芥川賞を予想するうえではあまりに日和すぎてしまう。

群像 2018年 12 月号 [雑誌]

群像 2018年 12 月号 [雑誌]

 

 『群像』12月号は巻頭で上田さんの「ニムロッド」と舞城さんの「裏山の凄い猿」が掲載されている。上田さんの作品は枚数200枚、芥川賞ストライクゾーンど真ん中だ。

 

ニムロッド 上田岳弘

 その上田さんの作品「ニムロッド」は、ビットコインを発掘するよう社長に命じられた男サトシナカモトの話。仮想通貨の仕組みを全く知らない読者でも楽しく読むことができた。だがもちろん仮想通貨について理解できたわけではない。わからなくてもわからないなりに楽しめるのだ。なぜなら発掘をめぐる手に汗握る攻防戦が主軸というわけではないからだ。鬱を機に異動した小説を書く先輩ニムロッドと、中絶を機に離婚した彼女との3人の人間関係の中で物語は進んでゆく。この3人をつなぐのがサトシの涙なのである。なんて美しいんだろう。

 仮想通貨の仕組みはやっぱりよくわからないが、サトシナカモトを名乗る人間がビットコインを発明したというか世界で初めて発掘した、というトリビアは手に入れることができた。上田さんの作品なのでSFだろうと高を括っていたが、意外にも事実に基づいている部分が多かった。それはおそらくビットコインというものがSFとしか感じられないくらい現実離れしたものだということだろう。

 

裏山の凄い猿 舞城王太郎

 舞城さんの作品はいつも怒りの表現が巧い。怒りの中で混沌に呑まれてゆく表現が本当に舞城さんらしい、と感じた。世間の評価はわからないが、以前、芥川賞候補になった問題作「短篇五芒星」の中では、私は冒頭の「美しい馬の地」が一番のお気に入りだった。流産が発生してしまうこと自体についてどうしようもない怒りが込み上げてくる男の話だった。それは真っ当な怒りであるように感じられるが、傍から見れば奇人変人の類である。それがどうしようもない怒りの顕れなのではないか。

 人を好きになること、自分でも抑えられない怒り、舞城さんの作品は世界が一貫している。今回も作中におなじみの西暁町(舞城さんの作品によく登場する架空の地名)が登場するが、西暁町が登場しなくとも、舞城さん作品の世界にすぐに首元まで取り込まれたことだろう。久しぶりの舞城さん作品だったので読んでいて懐かしくなった。

 

 上田さんの作品が候補入りする可能性は十分にあると思う。今回候補入りしてもまだ3回目だ。ただ芥川賞の受賞は難しいかもしれない。三島賞ならぜんぜんありだけどもう受賞しているしなあ。私は好きでした。

 舞城さんはもうすでに芥川賞という格ではないと思うが、前期で松尾スズキさんがひざびさの復活を遂げたりもしたのでありえなくはない。ただどちらかというと作品が短いこともあり私はこの作品で川端康成文学賞をとってほしいと思っている。舞城さんが芥川賞の範疇か否かは改めて取り上げたいと思う。

第160回芥川賞⑯ 番外編Ⅲ 直木賞候補作予想『波の上のキネマ』増山実(集英社)

 今回は番外編、直木賞候補作予想を行う。取りあげるのは増山実さんの『波の上キネマ』。

波の上のキネマ (単行本)

波の上のキネマ (単行本)

 

 実はこの作品を読み始めたのはまだ9月とかそれくらいだったと思う。途中いろんな本に浮気をして、結局今日、残り半分くらいあったのを一気読みした。だって読みたい本が多いから。

 直木賞は対象期間に国内で刊行された単行本が候補対象となる。芥川賞よりも広いレンジで追っかけていないと候補作を予想することはできない。 いま気になっているだけでも、森見登美彦さんの『熱帯』(文藝春秋)、朝倉かすみさんの『ぼくは朝日』(潮出版社)、白岩玄さんの『たてがみを捨てたライオンたち』(集英社)などなどきりがない。朝倉さんはここまできたらもはや直木賞とは縁がない作家さんなのかもしれないけど窪美澄さんがようやく候補にあがったりもしたので見逃せない存在だ。

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第160回芥川賞⑮ 候補作予想「図書室」岸政彦(『新潮』12月号)

 野間文芸新人賞の受賞作が発表されたのは少し前の出来事。結局芥川賞落ちの3作は野間新でも落ち、ニューフェイスの2作が受賞となった。金子さんの『双子は驢馬に跨がって』は納得の受賞だった。乗代さんの『本物の読書家』は文学論が楽しいとは思ったが、小説として優れているのかと考えると私は首をひねってしまう。古谷田さんにとってほしかったなあ。いずれにしても受賞おめでとうございます。

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  野間新は忘れて芥川賞である。今回は『新潮』12月号掲載の岸先生の作品を読んだ。

新潮 2018年 12 月号

新潮 2018年 12 月号

 

  岸先生は第156回にもノミネートされている。前回は56枚という非常に短い作品で勝負されたが、今回は130枚ということで短めではあるが十分に戦える状態にあると思う。

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第40回野間文芸新人賞② 受賞作予想『本物の読書家』乗代雄介(講談社)、受賞作予想まとめ

 筒井康隆氏の『文学部唯野教授』のように、作中で講義が始まる作品はいくつか知っている。小説を読んだ結果として賢くなることができる。しかし私は別に本を読んで賢くなりたいわけではない。そんな私でも乗代さんの『本物の読書家』は楽しめた。

本物の読書家

本物の読書家

 

 表題作「本物の読書家」はそれぞれ独特の読書遍歴を持つ「わたし」と「大叔父」とたまたま列車で乗り合わせた「男」の3人の会話で進んでゆく。読書家という肩書きが存在するのかはわからないが、そのような自意識は存在するだろう。読書を趣味に持つ人間の自我を刺激してくる。

 そして併録の「未熟な同感者」である。大学のゼミを舞台に醜い愛憎劇(そこまで激しくない)が繰り広げられる。そして全体のバックボーンとして文学論が下敷きにある。論と物語との連関を見出すも見出さないも読者の自由だ。私は部分的に読み飛ばしながらも論調を含めてこの作品を楽しんだ。ストイックとも言うべき偏執的な読書への向き合い方が窮屈だと思い知らされた。

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第40回野間文芸新人賞① 候補作まとめ、受賞作予想『双子は驢馬に跨がって』金子薫(河出書房新社)

 非公募型の純文学系新人賞として有名なものは3つある。芥川龍之介賞三島由紀夫賞、そして今回取り上げる野間文芸新人賞である。芥川賞文藝春秋が(本当は日本文学振興会だがややこしいのでここでは措く)、三島賞は新潮社が、野間文芸新人賞講談社が運営している。このなかでは芥川賞が頭一つ分格上ということになっている。三島賞や野間新をとっても芥川賞にはノミネートされるが、芥川賞を受賞した作家はもう三島賞や野間新からは卒業させられる。野間新が発足した当初、1980年代ころは村上龍さんや尾辻克彦さんのように芥川賞受賞後に野間新を取ることもあったが近年では全くない。純文系新人作家にとっては芥川賞受賞までのマイルストーンの一つといった趣を見せている。

 そんな野間新の最新回、第40回の候補作が先日発表された。候補作は以下の5作品である。

 

野間文芸新人賞候補作

『双子は驢馬に跨がって』金子薫(河出書房新社) 初候補

 (初出:『文藝』二〇一七年春季号)

双子は驢馬に跨がって

双子は驢馬に跨がって

 

 『雪子さんの足音』木村紅美(講談社) 候補入り2回目

 (初出:『群像』二〇一七年九月号)

雪子さんの足音

雪子さんの足音

 

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『無限の玄/風下の朱』古谷田奈月(筑摩書房) 初候補

 (初出:「無限の玄」→『早稲田文学増刊 女性号』、「風下の朱」→『早稲田文学』2018年初夏号)

無限の玄/風下の朱 (単行本)

無限の玄/風下の朱 (単行本)

 

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 『本物の読書家』乗代雄介(講談社) 初候補

(初出:「本物の読書家」→『群像』二〇一六年九月号、「未熟な同感者」→『群像』二〇一七年七月号)

本物の読書家

本物の読書家

 

 『しき』町屋良平(河出書房新社) 初候補

(初出:『文藝』二〇一七年夏季号)

しき

しき

 

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 というわけで候補5作のうち3作はすでに芥川賞候補として読んでいた。残り2作を読んで野間新も受賞予想してみようと思う。

 私は結構野間新を信頼していて、町田康さんの処女作『くっすん大黒』、いとうせいこうさんの『想像ラジオ』、今村夏子さんの『星の子』など芥川賞でなぜ日の目を見なかったという作品をきちんと救い上げている。そんな野間新なので結構自分の直感に率直に予想してみたい。

 

 今回は金子薫さんの『双子は驢馬に跨がって』を取りあげる

 記憶を失った父子が謎の施設に監禁されている。父の持っていた写真には息子とその同級生が映っており、父子はそのなかに男女の双子を発見する。そこから自分たちのために物語を紡ぐ。双子は自分たちを助けにやってくる。驢馬に跨がって。それはただの空想ではなく...

 父子の監禁シーンと双子の旅シーンがだいたい交互に差しはさまれる。現実には起こりえない不思議な力が働いており、非常に寓話的であった。抽象度が高すぎるが、これは少年少女の読み物としても成立するのではないか、と思った。野間児童文芸新人賞にあったとしても、私は驚かない。わからないものをわからないまま読む、という少し高度な読み方は必要になってくるが、作品が進んでゆく力(物語を駆動する力)が強く、私はその点は気にならなかった。父子の名は父が「君子危うきに近寄らず」、子が「君子」なのだ。最初のページでこの名に心折れそうになるが、気付けばそんな名前は全く気にならなくなっている。むしろ視覚的にも「君子危うきに近寄らず」と長い方が父、「君子」と短い方が子の方なので、通常の名前よりも判別がつきやすかった。この珍妙な名に違和感を抱かなくなった時点で、この作品に心地よくさらわれていることを認めなければならないだろう。

 作中、父子が囲碁で対決するシーンが何度もあるのだが、私には囲碁のルールはわからない。しかしこの作中で囲碁のルールは必ずしもわかる必要はないのだ。だからこそ作中でルールの詳細な説明はなされない。用語が飛び交い父子が囲碁にどういう意味合いを見出しているか、それさえ伝われば作品を読む上で何の問題もないのだ。この割り切りがうまくできるならば、このファンタジックな世界観をより素直に楽しむことができるだろう。全編そんな調子なのだ。

 旅をする小説が好きな人は楽しめると思う。筒井康隆さんの『旅のラゴス』やパウロ・コエーリョさんの『アルケミスト』とはどこか似た雰囲気を感じる。特に後者。

 空想をたくましくして記憶を取り戻してゆく父子と、道中荷物も記憶も置き去りにしてきた双子の奇妙なシンクロ性が心地よかった。179ページ13行目で私は「くふぅ」と声が漏れた。完全に父子と双子の姿が重なった。

 過去と空想の境、未来と記憶の境、さまざまな曖昧を心地よく味わわせてくれる素晴らしい作品だった。まだ一作残しているけど、野間新、本命候補。

 あと表紙が不気味でカッコいい。

 

第160回芥川賞⑭ 候補作予想「わるもん」須賀ケイ(『すばる』11月号)

 町屋さんの作品があまりにも深く刺さってきたので、こういう何も語っていない作品は新鮮に感じられた。まあ、つまらないということは隠しようもなかったが。

すばる2018年11月号

すばる2018年11月号

 
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