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第166回芥川賞① 受賞作予想「皆のあらばしり」乗代雄介(『新潮』10月号)

 

 

乗代さんの物語だ、という手触り。今作も素直な青少年が大人と触れ合う物語。一種のフェチを感じる。私はこういうお話が好きだ。高校時代に出会いたかった作品。高校の司書の先生がいたら、即刻図書室に配架してほしい作品。

歴史研究部に所属する高校生の「ぼく(浮田先輩)」は、研究のために訪れた栃木皆川城址で、関西弁を話す謎の「男」と出会う。「男」は「ぼく」の研究に興味津々で首を突っ込んで来ようとする。うさんくさいと思いつつも会話のはしばしから男の知識が幅広いことを察知し、「男」に対し一目置くようになった「ぼく」は、「男」と共同研究をするようになる。研究は次第に、小津久足という実在した豪商の謎の蔵書「皆のあらばしり」を探すことへと目的が変わっていく。

「ぼく」は面識のない社会人の「男」に対しても敬語は使わない負けん気の強い少年に見えるが、その実かなり「男」のことを尊敬しているところが素直でよい。また、男は常に怪しげな空気をまとっているが、ひょうひょうとしているだけではなく

「情報を選り好みして放っといたらあかん。人の家に土足で入り込むよな真似もあかん。慌てる乞食は貰いが少ないのはほんまやで」(『新潮』P30)

「打算っちゅうもんは十中八九、空振るもんや。大半の人間はそこでやめてまうから打算に留まるんやで。それを空振りしてなお続けてみんかい。(中略)損得勘定しかできん初手でやめてまうアホは、そんなことも理解できんと、死ぬまで打算の苦しみの中で生き続けるんやけどなー」(同 P32)

「接待術はな、結局は思わぬことを覚えておいてくれたっちゅうことに尽きるんや」(同 P52)

などと、これまた素直に「ぼく」のためを思っていい大人をしているところも、優しい世界を感じられる。いい物語世界。

いわゆる純文学については物語の結末をネタバレしても十分に楽しめるものだと思っているが、本作はネタバレせずに読んだほうがおもしろいと思う。なので本当はもう少し紹介したいのだが、ここで止めておく。それだけこの作品は物語性に富んでいる。芥川賞の範疇として選考委員諸氏に受け止められるか、やや心配だが、そんなこと関係なく全国の高校生にぜひ読んでほしい作品だ。