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第160回芥川賞⑮ 候補作予想「図書室」岸政彦(『新潮』12月号)

 野間文芸新人賞の受賞作が発表されたのは少し前の出来事。結局芥川賞落ちの3作は野間新でも落ち、ニューフェイスの2作が受賞となった。金子さんの『双子は驢馬に跨がって』は納得の受賞だった。乗代さんの『本物の読書家』は文学論が楽しいとは思ったが、小説として優れているのかと考えると私は首をひねってしまう。古谷田さんにとってほしかったなあ。いずれにしても受賞おめでとうございます。

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  野間新は忘れて芥川賞である。今回は『新潮』12月号掲載の岸先生の作品を読んだ。

新潮 2018年 12 月号

新潮 2018年 12 月号

 

  岸先生は第156回にもノミネートされている。前回は56枚という非常に短い作品で勝負されたが、今回は130枚ということで短めではあるが十分に戦える状態にあると思う。

  50歳の女性が少女時代を懐古したりしながら独り暮らしの現実を見つめてゆくような物語。本当に何も起こらないのだが、体調によっては眠くなるかもしれないが、まったく退屈することはなかった。優しいひだまりで座っているような温かい気持ちで終始読み進めていた。前回が社会学者である著者を強く意識させたのに対し、今作はそのようなことは考えることもなかった。

 細部の描写が心をくすぐってくるものがあった。

 私は白い犬のノートにはやっぱり何も描かないことにしようと決めて、それを布のかばん(前にちょっとだけ塾に行ってたときに使ってたやつ)にしまいこんで、かわりに冬休みの宿題の、社会か国語かもわからんような何かのプリントをひっぱりだして、その裏にゆっくりと、太陽が爆発して黒焦げになったロボットを描いた。顔は真っ黒で、ところどころバネやネジが飛び出て、目の玉はバツ印になっている。

(P20)

 この表現だけで私は十分に受賞に足る作品だと言っていいと思う。ただこの半期に発表された作品をそろそろ忘れてきてしまっているので、シビアな候補作予想や受賞作予想は12月中旬ごろに改めて行うものとする。