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第164回直木賞① 受賞作予想『オルタネート』加藤シゲアキ(新潮社)

良質な学園SFを読んだ。

オルタネート

オルタネート

加藤シゲアキさんの『オルタネート』である。
「オルタネート」という高校生限定のSNSサービスが欠かせなくなった世界を舞台にした学園小説。3人の基点人物を軸としながら物語は進んでゆく。「オルタネート」にはSNS機能だけではなくマッチングアプリとしての機能も備わっている。
調理部の新見蓉(にいみ いるる)は高校生の料理コンテスト番組「ワンポーション」での優勝を目指している。「オルタネート」に対して強い抵抗を感じており利用していない。伴奈津(ばん なづ)は理想の相手を「オルタネート」で見つけるのだと息巻いている。容姿や直感で人を判断せず、さまざまなアプリと連携させ収集したビッグデータを基に相性のいい相手を見つけ出してくれる「オルタネート」のことを信奉している。楤丘尚志(たらおか なおし)はドラム好きの少年。高校を中退したことにより「オルタネート」が使えなくなったが、幼馴染のギター奏者「安辺豊」(あんべ ゆたか)を探して大阪から東京まで出てきた。

この作品の面白いところは第一に設定にある。「オルタネート」を利用することが当たり前の世界が無理なく立ち現れており、その中で高校生たちがどう振る舞うかにきちんと焦点が当てられている。例えば、「同性愛者の『ダイキ』が『オルタネート』を介して出会った同じく同性愛者の『ランディ』と始めたカップル動画で大人気になるも、やがて動画作りがメインの関係になってしまい破局する」というくだりなどは、自己顕示欲の塊のような高校生に気軽な発信の場が与えられている現代を戯画化したディストピア小説とさえ感じた。

この小説はどの登場人物もきっちり欠点が描かれているところも面白い。例を挙げると「蓉」の「ワンポーション」での対戦相手「三浦栄司」(みうら えいじ)は、さわやか好青年として登場し、やがて「蓉」と付き合い始める。好青年の「三浦君」だが、「ワンポーション」の主催者側から話題作りに二人の交際を公表したいという申し出に対し、「蓉」と相談もせず承諾してしまう。「三浦君」のこの行動は自己顕示欲の現れでもあるが、同時にプライベートまで曝け出さないと不誠実だと感じてしまうようなネット社会の気持ち悪さも感じさせた。やはりディストピアだ。他にも「奈津」が「オルタネート」を介して出会った男子高校生や、「尚志」が住んでいるシェアハウスの住人らも、取り上げればキリがないが皆気持ち悪い部分がきっちり描かれている。しかし作者はそれを気持ち悪いでしょ、と示すだけではなく、彼ら自身にそれを乗り越えさせている。そういった意味でとても優しく、さわやかな作品である。前述の「蓉」と「三浦君」も、詳細は避けるが無理なく二人でわだかまりを乗り越えている、と私は感じた。

さて、先に私は、この作品は設定が面白い、と言った。それは実際その通りなのだが、後半少し違和感を覚えた部分もある。料理番組「ワンポーション」の存在だ。「オルタネート」がうまく浸透して描かれている分、「ワンポーション」の存在が悪目立ちしてしまっている。お料理コンテストという設定が古臭く感じられて浮いて見えた。審査員のコメントは「蓉」のことを客観的に捉えた視点を作中で補強しており、作品に厚みをもたらしていたと思う。しかしここに関してだけはどうしても設定の無理を感じてしまった。
「奈津」や「尚志」も同様に葛藤を抱えながらもがいている。終盤はそれらの出来事が「今がクライマックスですよ!」と言わんばかりに目白押しになる。非常にまっすぐな小説だった。

文章は丁寧で展開にもついていきやすい。読みやすい小説だった。ただ直木賞の選考委員はひねくれ者が多いので、こういうまっすぐな作品は評価を受けづらいだろう。ただ候補となったことで、私を含めてこれまで手に取らなかった層の人々が読むきっかけとなるだろう。