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第163回芥川賞① 候補作予想「黄色い夜」宮内悠介(『すばる』3月号)

巨大な螺旋状の塔内に存在する無数のカジノが、その国の観光資源だった。ルイはある思惑を抱いて、上へと伸び続ける塔を訪れるのだが……。200枚一挙掲載。(『すばる』HPすばる - 集英社より)

すばる 2020年 03 月号 [雑誌]

すばる 2020年 03 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 雑誌
 

『すばる』3月号巻頭作。『すばる』と言えば先の芥川賞受賞作、古川真人「背高泡立草」を出した文芸誌である。5大文芸誌というくくりで『文學界』『新潮』『群像』『文藝』らと肩を並べているが、芥川賞受賞作の数は最も少ない。三木卓「鶸」、金原ひとみ蛇にピアス」、田中慎弥「共喰い」、次いで上述の古川氏。本作が芥川賞を受賞すれば『すばる』としては5作目の受賞作となる。芥川賞レースとしては手堅いとは言えない雑誌だが、今回取り上げる「黄色い夜」はどうか。

物語の筋は、ルイと名乗る日本人の青年が、旅の途中に出会ったピアッサというイタリア人とともに、海外のカジノを乗っ取ろうと企む、というもの。舞台はエチオピアの隣のE国。E国は資源もなく観光にも向かない砂漠だが、カジノによって立国している。上へ上へと伸びるカジノ塔だけがE国で潤沢に輝いている。その最上部に国の元首がおり、ギャンブルで勝利すれば国をひっくり返すこともできるという。それがE国という国家のあり方である。

カジノに群がるように欧米諸国の富裕層が集まる。現地の民は彼らから富を得ることで生きてゆく。それも満足に得られているとは言い難く、塔の中で奪い奪われているに過ぎない。旅の者である日本人ルイが、そんなE国の構造に挑む。

塔の60階以上の上層部に各国の富豪たちは集まってくる。そこに入るには高価な会員証が必要だが、これは下層部の各フロアにいる元締めからも入手可能である。これを手に入れるために元締めたちに様々な知略を巡らしてゆくさまは、ボスを倒しながら進んでゆくロールプレイングゲームのようで面白い。

ぼくはねピアッサ、訪れた人を蘇らせる国をこそ作りたいんだ。

(『すばる 3月号』P18)

P18でルイが言った「訪れた人を蘇らせる」とは何か。ルイの目指す国とは、一国をして巨大な開放病棟にしてしまうことである。それは天真爛漫で純粋であるばかりに、袋小路に迷い込んだ人や社会の自意識を無条件に突破させるためのものである。狂気こそ、トランキライザー、つまり精神安定剤から人間を呼び覚ますために必要であり、皆が否応なしに抱える狂気が共存できる国を作ることがルイの理想であった。砂嵐吹き荒れるE国の「黄色い夜」に、寛解の見込めない患者を受け入れる。そうすることで、ルイは恋人を救いたかった。天使爛漫で純粋なミュージシャンであった恋人を。結果がどうなったかは作品を読んで確かめてほしい。

宮内さんの作品は、異国の情景描写や旅の風情に旨味が詰まっている。テーマがどうとか御託は抜きにして、読書体験が楽しめることと思う。

ストーリー性に富んでおり、芥川賞のフィールドには馴染まないかもしれない。ネタバレにならないよう今回は記述を控えめにしているので、図書館などで借りられればぜひ読んでみてほしい。