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文学者になりきれず周縁部でおまつりさわぎをするの巻

第159回芥川賞⑤ 候補作予想「少年たち」水原涼(『文藝』夏号)

今回で文藝夏号の中編一挙掲載に関する文章は最後である。

トリは「少年たち」。作者の水原涼さんは文學界新人賞の出身で、受賞作は芥川賞候補にもなっている。箸にも棒にもかからなかったようだが。

今作はどんなものだろう。早速読んでみる。

文芸 2018年 05 月号 [雑誌]

文芸 2018年 05 月号 [雑誌]

 

 

 

読み始めて、最近別の作品を読んでも思ったことだが、登場人物が全然立っていないことにがっかりする。今誰が出てきているのか、丁寧に読めばひとつひとつ拾っていくことができるのだろうが、スピード重視で斜め読みしているとなんのこっちゃわからない。特にカタカナ名前は区別がつきにくいのでキャラを立たせることは重要だ。キャラの立っていないカタカナ名前の人物は、3人で十分に混乱に値するカオスとなる。そのカオスが物語の結構に良い影響をもたらすのなら問題はないのだが。バシ、ユタ、ミッコ。さらにはキースや黄や草太などがことわりもなく脈絡もなくいきなり現れる。すでに読むのが面倒臭くなってきたが、気合を入れなおして先を急ぐ。

その前に目次に目を走らせてみる。なんと原稿用紙236枚もある。丁寧に付き合っていたら陽が暮れてしまう。斜め読みする決心を固くする。

「鷹知くん、」と後ろから呼び止められた。振り向くと彼女は、水着が入っているのだろうサブザックの持ち手をぎゅっと握りしめて言う。(P190)

いきなり彼女が出てきた。誰だ。美希という妹が少し前に出てきたが場面が切り替わってからは初登場だ。名前も書かずに代名詞だけで登場させるのは横暴だ。本当に誰が誰かわかりにくい。だいたい美希が妹であることも文章を繋ぎ合わせてなんとなく見えてくるもので、それが物語の結構に良い影響があるのなら無論大歓迎だがとてもそうは思えないのだ。適当にモチーフを散らばせてほのめかした文章を書けばよいと思っている節が感じ取られ鼻につく。

 

さてようやく読み了えたが、あまりにも斜め読みしてしまったので特に言うことはない。「蛇にピアス」「限りなく透明に近いブルー」よりマイルドな反抗期小説だろうか。中学生たちの生活なんて珍しくもなく本当に読んでみても特に得られるところはなかった。

この作品は候補作入りはしないだろう。もし万が一候補入りしても宮本輝さんあたりが「作品が無駄に長い」と批判してくれるだろう。

 

ということで、『文藝』夏号は「リーダー」が◎、「しき」が◯、「泥海」「少年たち」が×という評価である。あくまで主観たっぷりの個人的な意見だが。