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文学者になりきれず周縁部でおまつりさわぎをするの巻

第159回芥川賞⑨ 候補作予想「美しい顔」北条裕子(『群像』6月号)

昨年の芥川賞は上半期157回、下半期158回ともに新人賞受賞作が受賞した。

こういう流れは案外無視できないものなので、講談社が刊行する『群像』の新人賞「群像新人文学賞」の受賞作を読んでみた。

 

群像 2018年 06 月号 [雑誌]

群像 2018年 06 月号 [雑誌]

 

 

うーむ。すごく達者。受賞はさておき候補には挙げられてしかるべきだ。

新人賞と侮るなかれ。完成度はかなり高い。

話の筋としては、東日本大震災の直後の東北のある都市で母を喪った女子高生が、彼女を取り巻く環境と彼女の内面の思想の間で揺れ動く、というのがメイン。ざっくり。

 

正直、震災をモチーフとして選んだ時点で私は少し渋い目で見てしまう。実際、この作品も震災をモチーフに選んだうえで、テーマを作品に結実させる必然性は感じられなかった。母を喪った苦しみを乗り越える。外部の日常、変えるべき平穏を受け容れきれずに葛藤する。それは別に震災でなくてもよいテーマである。

普遍的なテーマを扱うには、できるだけ個別具体的なモチーフを用いた方が物語としてのバランスがよくなる。中途半端に広く知れ渡ったモチーフ、その最たるものが震災、を用いてしまうと、モチーフ自体が意味を持って独り立ちしてしまい、その背後のテーマを殺してしまいかねない。

この作品は本当に達者に作られていて、テーマを損なうことなくきちんと描き切られている。たとえば母が死んだという現実を受け入れたくないので自分の感情と向き合うことを畏れた主人公が、マスコミの喧騒の中に紛れ込もうとする切ない心情や、斎藤さんの奥さんがそれを毅然とした態度で打ち払う際のことばなどは本当に胸を打つものであった。それでもやはりモチーフを震災としたことで、白けた気持ちになることは避けられなかった。

しかし、本来新人賞とは、完成された才能をピックアップする場所ではなく、今後作家としてやっていく素質を持った人間を発掘するべきなのだ。この作者は文体にも自覚的であり、要所要所でテンポよく文章が繰り返され読んでいてとても気持ち良かった。本作が群像新人文学賞を受けたのはとてもすばらしいことだと思い、当然だとも思う。

ご存知かもしれないが、芥川賞も新人賞である。ただし公募ではないという点で、群像新人文学賞などの公募賞よりは格上として扱われることが多い。しかし本作が放つ作者の強いポテンシャルは、芥川賞の俎上に載せても何ら遜色はないと感じた。

願わくば北条さんは今後、作品のモチーフを探るアンテナに磨きをかけてほしい。このままの方向で進むなら、フィクションよりもノンフィクション作家に近い活躍の仕方になるのかもしれない。

 

候補作としても受賞作としても十分な資質を備えた作品だと思う。作品本意の受賞ではなく、著者の力量を測るという純粋な新人賞的選考が行われた場合には受賞するのではないだろうか。