(結局『火定』と『くちなし』は読まずじまいになりそうだ。)
期待して読んだ両作だったが、期待に応えてくれたのは『彼方の友へ』だけだった。
レビューをするときには☆5つで私の”好き”度も付記する。
『彼方の友へ』 伊吹有喜(実業之日本社刊)★★★★★
滋味深い恋愛小説。滋味深い小説が大好きな私には深く突き刺さった。一般には「滋味深い=地味」と受け止められ勝ちだが、その通りだ。一切派手な展開はない。少女向け雑誌「乙女の友」編集部に呼ばれることになった佐倉ハツは、かねてより憧れていた主筆有賀憲一郎に密かな恋心を抱く。ハツは決して想いを直接伝えることはなかったが、、、。
戦前戦中の日本社会、女性の扱い、人々は何を考え何を思い日々生きていたのか。この小説にはいじましい「生活」「人生」が詰まっていて狂おしくなる。すこし長く感じる人もいるかもしれないが私にはむしろ物足りなく感じられた。ハツが創作活動にいつ打ち込んでいたのかについての描写が欠けていたのが少し物足りなかったのだ。しかし出会えてよかったと心から思えた小説だ。ほとんど全部読んだ状態で出かけ、帰り道の本屋で家まで帰るのがもどかしく結末を本屋で立ち読みしたら泣いてしまった。声もなく静かに泣ける。きらめく美しい青春に浸りたいときに読む本。
「ディレイ・エフェクト」宮内悠介 ★★☆☆☆
この作者は自分の世界を創ることがとてもうまい。今作も突飛な設定に作者なりに説明をつけてあまり無理なく受け入れられるようにできている。2019年の東京に1944年の東京が重なって見えるようになる、「神様のディレイ・エフェクト」現象が始まる。
率直に言って設定以外になんの魅力も感じられず、登場人物は描写に欠けすぎ人物が描けていない。だから再読する気も起きず的外れな指摘になっている可能性が高いが、作中で「どちらも閏年で」という表記があったかと思うが2019年は閏年じゃないだろう。75年前という表記もあることだしどちらも閏年であるはずがないのだ。まずここに引っかかってしまってあまり入り込めなかった。
前回の直木賞候補作『あとは野となれ大和撫子』は丁寧に作りこまれた世界が細部まで描き出されて、登場する人物たちもどことなくリアリティには欠けても虚構の世界として完成していたので読みもとして面白いものに仕上がっていた。そもそも今作は「真木」という警官以外、誰一人名前を付与されていない。名前を付与しないことで人物の相関、関係性をより浮き彫りにしていたかと思ったがそうでもない。「真木」だけ名前を付与した意図も読めない。不完全燃焼の感が否めない。
直木賞を予想したときに『彼方の友へ』を読んでいたとしたら私はこれも推しただろう。賞の性格的に受賞が難しいことは百も承知で応援したいと心から思ったはずだ。
『彼方の友へ』に関して言えば題名もぴったりはまっている。読み終わった時に題名を眺めてもう一度余韻に浸れるというのはあまりにも天晴な仕上げだ。