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高尾長良「音に聞く」(『文學界』9月号)、高山羽根子「カム・ラウンド・ギャザー・ピープル」(『すばる』5月号)、李琴峰「五つ数えれば三日月が」(『文學界』6月号)、乗代雄介「最高の任務」(『群像』12月号)

 

前2回の芥川賞をあまり追えなかったため、過去の候補作を遡って読んでみる。

 

高尾長良「音に聞く」(『文學界』9月号)

文學界 (2019年9月号)

文學界 (2019年9月号)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/08/07
  • メディア: 雑誌
 

第162回芥川賞候補作。

高尾さんの「音に聞く」は全編を通して他では得難い雰囲気があった。文体と設定がフィットすれば、こうした情緒の作品を好む人はいると思う。ただ、世評を聞く限りでも、大半の人には受け入れられ難い性質を持っていることは間違いなさそうである。一読するのにかなり時間を要したにも拘らず、読み終えた途端物語の筋さえ追うことが困難になっている。私はこの作品の良い読者とはなり得ない。音楽に取り組む妹真名と翻訳家の姉有智子が、幼い頃に別れた父を訪れたという出来事を、姉有智子が手記としてまとめたものを手に入れた古書店主が持ってきたものをある女性が読んでいる、という非常に入り組んだ構造になっているが、この構造が物語になんらかの影響を及ぼすというわけではなさそうである。音楽用語などに脚注が多くつけられ、文末に纏められている。勤勉な読者はいちいち参照することと思うが、明治期の小説を読むときなどでも注釈はいちいち参照しなくても筋を追うのに苦労しないことが多い。あくまでディテールを膨らませるものとして、2周目に読むときの楽しみにしてもよいはずである。しかし本作は脚注のせいかなんのせいか、とにかく読み進めていくほどに物語から阻害されてゆくのを感じた。こういった作品は好きな人だけが好きならばいい、というものだと思われるため、気になる人はこの作品を高く評価している人から評判を聞いて購入を検討してみて欲しい。

音に聞く (文春e-book)

音に聞く (文春e-book)

 

 

高山羽根子「カム・ラウンド・ギャザー・ピープル」(『すばる』5月号)

すばる 2019年5月号

すばる 2019年5月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/04/05
  • メディア: 雑誌
 

第161回芥川賞候補作。

4つの場面が切り替わりながら、しかし従前に描き尽くさないよう注意して書かれていると感じた。

主人公の女性は三度性被害に遭っている。本作の書かれ方があまりそこに力点を置きすぎないようになっているため、読者によっては注意を払わなかったという人もいるだろう。ヘルメットをかぶせたいという感覚、おばあちゃんの読経の声と妙に艶かしい背中、おばあちゃんには羽虫が見えない。前作「居た場所」から引き続き、高山さんはモチーフを効果的に用いることに長けた作家さんだと思う。通読したのみで感想をまとめるのは非常に難しい。主人公の女性の特徴を端的に表した文章を以下に引用して終える。

対応する生活、それ用の人生は、私にとってそこまで苦痛じゃない。たまたま、私にとってはだけど。p26

先日発表された「首里の馬」は少し趣向が変わったように思えた。また候補作予想としてまとめようと思う。

カム・ギャザー・ラウンド・ピープル

カム・ギャザー・ラウンド・ピープル

 

 

李琴峰「五つ数えれば三日月が」(『文學界』6月号)

文學界2019年6月号

文學界2019年6月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/05/07
  • メディア: 雑誌
 

第161回芥川賞候補作。

日本にいる台湾人女性による、台湾にいる日本人女性への、実らなさそうな恋の物語。すでに男性と結婚してしまっている相手に対して同性愛の感情を持ってしまう辛さ。互いに異文化の中に生きる難しさ。自分の生きる場所が定まらないような、本当に自分がいる場所がここなのだという実感が得られないような、そういう定まらない感覚が漂っていた。芥川賞の選評で触れている選考委員もいたが、日本人女性の現在の生活に関しての記述が、そこだけ日本人女性目線に切り替わってしまったのが少し中途半端な印象を受ける。全編を通して台湾人女性側の煩悶や苦悩を孕んだ述懐でよかったとも思う。題名はよく効いている。

五つ数えれば三日月が

五つ数えれば三日月が

 

 

乗代雄介「最高の任務」(『群像』12月号)

群像 2019年 12 月号 [雑誌]

群像 2019年 12 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/11/07
  • メディア: 雑誌
 

第162回芥川賞候補作。
日記を書くことが最高の任務であり、最高の任務には任務を超えた先に何かがあるという。死んでしまった博識な叔母と出かけた場所を一人で再訪して回る。そこで見つけた祖母の痕跡、小学5年生以来の卒業というフレーズ。さまざまなエピソードがうまく絡み合いつながり結末へと収束してゆく。比較的わかりやすい小説になっており、芥川賞の選考会の場ではその点がマイナスに働いてしまったようである。小説がうまく作られすぎていてダメならば、せめて高山さんの作品などが受賞できればと思うのだが。読後感はいい。

最高の任務

最高の任務

 

 

久しぶりに多くの作品を一気に読むと夜眠れなくなった。ウイルスで不要不急の外出を避けるなら暇つぶしには読書がちょうどいい。