象の鼻-麒麟の首筋.com

お便りはこちら→tsunakokanadarai@gmail.com

第162回芥川賞① 候補作予想「如何様(イカサマ)」高山羽根子(『小説トリッパ―』夏号)

第161回の芥川賞直木賞は1作読んだだけで終わってしまった。やっぱりお祭りには参加したいので今回から頑張って読んでみようと思う。とはいってもまたしばらく読めなさそうだけど。

 

小説 TRIPPER (トリッパー) 2019年 夏号 [雑誌]

小説 TRIPPER (トリッパー) 2019年 夏号 [雑誌]

 

というわけで第162回。前回今村さんが芥川賞を取った「むらさきのスカートの女」が載ったことでもおなじみの『小説トリッパ―』だが、そもそもは『文學界』や『新潮』のようなハードな純文学雑誌ではない。今回取り上げる「如何様(イカサマ)」も読みやすく読後感も非常にさっぱりしているため、芥川賞という雰囲気ではない。ただ高山さんは2回連続で候補になっていることもあり、読んでみた感想だけでもまとめておく。

舞台は戦後の日本。主人公(名前は出てこず終始「私」)は美術系出版社勤務の榎田に頼まれ探偵のようなことをする。平泉貫一という男が戦地から帰ってきたのだが、どう見ても別人になっている。ついては出征前と同一人物なのかを確かめてほしい。ということで貫一の妻のタエやその他周辺人物に聞き取りを行っていくうちに貫一という人間があぶり出されてくる(ように思える)。

貫一はもともと画家であり、技術力の高さを活かしかなり精巧な模写や贋作なども手掛けていた。その技術を見込まれ軍から紙幣などの偽造を命じられる。何かを真似るとき、貫一はそれのオリジナルを作った人になりきる。結局戦地に赴く前の貫一と帰還した貫一のどちらが本物なのか、本物の貫一なんているのかわからない。偽物だろうが本物だろうが本物と信じていれば本物なのだ、という主張、それを気持ち悪いと思わせるような微妙なズレがうまくはまっていたような印象を受けた。

「あの人たちには偽物だろうが本物だろうが、それが物としてあるのが大事なんです。檀家さんや宿、偉人の生家や資料館の客人がそれを偽物だと思い知りながら見物する必要がどこにありますか? ああ、これが憧れの何某の直筆、と考えることにどういう罪があるでしょう。金を払って見たものなのに、賽銭を入れてしまったのにと、詐欺だ、ペテンだ、イカサマだと文句をつけたところで一体なにになりますか。そんなことを言い出したら仏舎利聖骸布もありゃあ詐欺みたいなもんですよ」(P27)

日本文学振興会が2回連続で候補に挙げてきたということは、いま推したい作家なのだろう。この半期に他の文芸誌に作品が発表されなければ、ひょっとすればひょっとするかもしれない。

 

余談だが、P24の最後の行に突然、それまで全く登場していなかった「横田」なる人物が現れるが、どう読んでもこれは前述の榎田のことである。誤植だ。単行本では直されてしまうだろうから、誤植も含めてオリジナルを読みたいという酔狂な人は早めに買うことをおススメする。