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第160回芥川賞⑰ 候補作予想「ニムロッド」上田岳弘、「裏山の凄い猿」舞城王太郎(『群像』12月号)

  本当に最近何を読んでも面白い。平和で幸せな人生だが、芥川賞を予想するうえではあまりに日和すぎてしまう。

群像 2018年 12 月号 [雑誌]

群像 2018年 12 月号 [雑誌]

 

 『群像』12月号は巻頭で上田さんの「ニムロッド」と舞城さんの「裏山の凄い猿」が掲載されている。上田さんの作品は枚数200枚、芥川賞ストライクゾーンど真ん中だ。

 

ニムロッド 上田岳弘

 その上田さんの作品「ニムロッド」は、ビットコインを発掘するよう社長に命じられた男サトシナカモトの話。仮想通貨の仕組みを全く知らない読者でも楽しく読むことができた。だがもちろん仮想通貨について理解できたわけではない。わからなくてもわからないなりに楽しめるのだ。なぜなら発掘をめぐる手に汗握る攻防戦が主軸というわけではないからだ。鬱を機に異動した小説を書く先輩ニムロッドと、中絶を機に離婚した彼女との3人の人間関係の中で物語は進んでゆく。この3人をつなぐのがサトシの涙なのである。なんて美しいんだろう。

 仮想通貨の仕組みはやっぱりよくわからないが、サトシナカモトを名乗る人間がビットコインを発明したというか世界で初めて発掘した、というトリビアは手に入れることができた。上田さんの作品なのでSFだろうと高を括っていたが、意外にも事実に基づいている部分が多かった。それはおそらくビットコインというものがSFとしか感じられないくらい現実離れしたものだということだろう。

 

裏山の凄い猿 舞城王太郎

 舞城さんの作品はいつも怒りの表現が巧い。怒りの中で混沌に呑まれてゆく表現が本当に舞城さんらしい、と感じた。世間の評価はわからないが、以前、芥川賞候補になった問題作「短篇五芒星」の中では、私は冒頭の「美しい馬の地」が一番のお気に入りだった。流産が発生してしまうこと自体についてどうしようもない怒りが込み上げてくる男の話だった。それは真っ当な怒りであるように感じられるが、傍から見れば奇人変人の類である。それがどうしようもない怒りの顕れなのではないか。

 人を好きになること、自分でも抑えられない怒り、舞城さんの作品は世界が一貫している。今回も作中におなじみの西暁町(舞城さんの作品によく登場する架空の地名)が登場するが、西暁町が登場しなくとも、舞城さん作品の世界にすぐに首元まで取り込まれたことだろう。久しぶりの舞城さん作品だったので読んでいて懐かしくなった。

 

 上田さんの作品が候補入りする可能性は十分にあると思う。今回候補入りしてもまだ3回目だ。ただ芥川賞の受賞は難しいかもしれない。三島賞ならぜんぜんありだけどもう受賞しているしなあ。私は好きでした。

 舞城さんはもうすでに芥川賞という格ではないと思うが、前期で松尾スズキさんがひざびさの復活を遂げたりもしたのでありえなくはない。ただどちらかというと作品が短いこともあり私はこの作品で川端康成文学賞をとってほしいと思っている。舞城さんが芥川賞の範疇か否かは改めて取り上げたいと思う。