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第160回芥川賞⑯ 番外編Ⅲ 直木賞候補作予想『波の上のキネマ』増山実(集英社)

 今回は番外編、直木賞候補作予想を行う。取りあげるのは増山実さんの『波の上キネマ』。

波の上のキネマ (単行本)

波の上のキネマ (単行本)

 

 実はこの作品を読み始めたのはまだ9月とかそれくらいだったと思う。途中いろんな本に浮気をして、結局今日、残り半分くらいあったのを一気読みした。だって読みたい本が多いから。

 直木賞は対象期間に国内で刊行された単行本が候補対象となる。芥川賞よりも広いレンジで追っかけていないと候補作を予想することはできない。 いま気になっているだけでも、森見登美彦さんの『熱帯』(文藝春秋)、朝倉かすみさんの『ぼくは朝日』(潮出版社)、白岩玄さんの『たてがみを捨てたライオンたち』(集英社)などなどきりがない。朝倉さんはここまできたらもはや直木賞とは縁がない作家さんなのかもしれないけど窪美澄さんがようやく候補にあがったりもしたので見逃せない存在だ。

  『波の上キネマ』は尼崎にある昔ながらの地方映画館「波の上キネマ」の苦境から始まる。館主は3代目だが、シネコン全盛期の現代に街の映画館はやっていけないと店じまいをしようと考える。そんななか祖父である初代を知るという人物が現れ、「波の上キネマ」発祥の経緯を知ることになる。

 序盤は映画作品の紹介も含めて読みやすく、これから映画館の苦境を取り巻く現代の状況について、そこで繰り広げられる群像劇が始まるのだろうと思ったら違った。

 中盤少し手前で回想が始まり、小さな挿入で終わると思っていたら結局そのまま最後まで突っ走ってしまった。冒頭の予想を裏切りこの物語はある映画館誕生にフォーカスを当てた物語だった。結末だけはこれからを予感させるような仕上がりになっていたが、正直読後の余韻や感興をそそられるようなものではなかった。映画館発祥のも己語りにしては現状の苦しさパートが長すぎるし、当然現代の映画館を取り巻くシビアな物語としては中盤以降の回想パートが長すぎる。どちらにしても中途半端という印象は免れえない。

 回想パートは壮絶な炭鉱労働に終始し、なるほどそういうこともあるのかという風には思ったが、読者としては題名から想起している通りの映画館の物語にならなくてじれったく思ってしまう。

 個人的には特にいい作品だとは思わなかったが、直木賞の候補にあってもぜんぜん違和感がない。ただ受賞はまずないだろう。