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第160回芥川賞⑧ 番外編Ⅱ 直木賞候補作予想『夏空白花』須賀しのぶ(ポプラ社)

新聞記事を使ったチラシ、専用ツイッターなど出版社の力の入れようが伺えるこの作品。戦後、学生野球の復活に奔走する新聞社員の姿というのは直感で「読みたい!」と思ったものだった。直感は外れた。

夏空白花

夏空白花

 

 スポーツも音楽もなにもかもプロパガンダに利用された戦争の傷も癒えぬ間に学生野球を復活させようとする試みが批判を受けないわけがない。それでも学生に野球が必要だと主張する新聞社員神住は、しかし野球に閉じ込められた自分の人生を追い求めているだけだと気付く。

野球と真剣に向き合う人々がそれぞれの価値観で闘い合う構図などは、近年のお仕事小説的な流れにも合っていて、私などは非常に好きなジャンルの詳説のはずだった。

しかし私はこの作品をどうもうまく読めなかった。高校野球が盛り上がっている時期に読み始めたのに、結局今日までずるずると残し続けてしまった。なぜだろう。

対立する他者との葛藤、そして彼らを映し鏡にして対峙した自分自身との葛藤が描かれているに違いない。それに伴う神住の心の動きもていねいに追いかけられている。それでも私は、この作品に連れ込まれなかった。作中で展開されているドラマに引きずり込まれるという幸せな読書体験を享受できなかった。文体が合わなかった、テンポが悪かった、いろいろな原因は挙げられるが、結局は作者がこの作品で伝えたかったことがまとまりきらずに作品に押し込まれてしまったということではないだろうか。

学生たちの寄る辺として学生野球の大会を復活させたい。周囲の反発に心が弱ってしまいその気持ちに迷いが生じる。それは戦争が人々の心に残した傷をないがしろにしてしまいかねない自分の強い信念が怖ろしくなったから。それでもそれを乗り越えて足掻き続ける。最後は希望を感じさせる終わり方へとつながる。それが安易なカタルシスに終わっているのかもしれない。戦争がもたらした災禍を、強い言い方になるが、野球で癒そうというひとりの男の戯言を聞かされているような気持になって白けたのだと、いまは思う。

 

直木賞の候補に入る可能性は高いと思う。受賞する確率は低いと思う。来年の本屋大賞ではいい線いくんじゃないだろうか。4位になると予想しておく。