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第160回芥川賞⑦ 候補作予想「春、死なん」紗倉まな(『群像』10月号)

群像 2018年 10 月号 [雑誌]

群像 2018年 10 月号 [雑誌]

 

 七十歳の身体から、傍目には既に抜け落ちたと思われている性欲。それが枯渇どころか、実際には持て余すようにしている――。高齢者の性をえがく鮮烈な文芸誌デビュー作。紗倉まなの創作「春、死なん」(120枚)(群像10月号紹介ページより

 HPの紹介文を見て、はーん、そういう作品だったのかー、と驚いた。私は老人の青春小説として愉しく読んだ。モチーフとして性の扱いは取り上げられていたが、それはこの作品を構成する要素の一つに過ぎないというのが私の感想だ。

文芸誌界隈では似たような作品が集まる傾向にある。日常系、暴力肉体系、思弁垂れ流し系、などなど。この作品は日常系不穏亜系といったところか。めちゃくちゃ雑にくくるなら今村夏子さんの作品に似たぞわぞわ感があった。読み進めることが怖いような感じ。

主人公は息子家族と同居するおじいちゃん。妻に先立たれ世界に靄がかかったように見える異変に見舞われる。目の不調と考え眼科にかかるも異常は見つからず精神科を薦められる始末。

ポイントとなるのは「なぜ世界がぼやけて見えるのか」。異常が発生したのは妻に先立たれてから。では妻はなぜ死んでしまったのか。ひたすら後ろから前へ後ろから前へ原因を探っていく物語構成になっている。

キーになるのは”甘えた”の一人息子。親の老後、面倒をみるのは一人っ子である以上自分しかいない。と思い込んで強引に同居話をまとめてしまう。

独り善がりな息子の象徴として、強引に建てた二世帯住宅がある。そしてのちに息子は自分で無理やり作りあげたその家が鬱陶しくなり次第によりつかなくなる。そしてその家の中で妻は精神を病みそのままこの世を去ってしまう。

息子のダメ加減が良くも悪くも際立っており、中心となるべき主題が見当たらない印象を受けた。結末も正直あまり意味は分からなかった。

それでもキャラクターを立てるためにエピソードを効果的に用いることが出来る手腕は見事と言うほかない。作品としてまとまっているとは言えないが物語を構築する力は感じた。

 

作者を取り巻くゴシップ性を考慮したうえで、候補になるかは微妙なところか。同じくらいの分量であと2作くらい書いて単行本になったときに三島賞の候補になるような雰囲気がある。