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文学者になりきれず周縁部でおまつりさわぎをするの巻

第159回芥川賞⑮ 番外編Ⅱ 直木賞受賞作予想『破滅の王』上田早夕里(双葉社刊)

今回の直木賞双葉社から2作候補入りしている。双葉社といえば「クレヨンしんちゃん」で有名な『漫画アクション』や『月刊まんがタウン』などを発行している出版社だ。直木賞との縁は薄く、なんと候補入りした最新の記録は第116回(1996年度下半期)の篠田節子さんの『ゴサインタン』という作品だ。ちなみに篠田さんは同作で山本周五郎賞を受賞している。

そんな双葉社の候補作『破滅の王』は熱心に史実を調べ上げたうえに築かれた、たいへんな労作である。参考文献の数が労を物語っている。

破滅の王

破滅の王

 

時は第二次世界大戦。主人公宮本敏明は細菌学を修了し上海自然科学研究所で研究者として働き始める。科学を共通言語に掲げ、人類の発展のみを希求する科学者たちも時代の波に呑まれてゆく。身近な研究者たちの死亡や失踪などが相次ぐなか、宮本は軍から招集を受け、極秘情報としてある細菌「R2v(キング)」の情報を渡される。その細菌はまだ特効薬が開発されておらず、感染すると治療の手立てはないという代物だ。キングを取り巻く科学者と軍関係者のやり取りはそれぞれの言い分に引き付けられる。誰もが理想とする世界を描いており、現代人よりも生き生きして見えたのはきっと小説だからだろう。

 SFということでちょっと苦手意識を持っていたのだが、読後感は非常に良い。良いというのは、この作品と向き合う中で私の中に新たな物事への考え方が芽生えたとかそういうことであって、決して読後爽やか物語というわけではない。胸糞悪いわけでもないが、参考文献の後にある補記で背筋が凍る思いがするとは思わなかった。と書くと補記だけ読む人がいるかもしれないが、それではあまり怖くないかもしれない。全編読んでから補記をどきどき開いてみてほしい。

私はキングを作った真須木の考えが理解できる。人間同士、いがみ合うのではなく手と手を取り合った世界を見たかったのだ。そのための共通悪を作り出したに過ぎない。彼の発想は科学者の考えとして真っ当だと思う。ただし仮にも医の道に関わったことがあるとは思えない考えだが。

すべての登場人物が生きざまで考えを表現していてとてもかっこよい。命の危険を何度も乗り越えながら信頼を築き、本当に手を取りあえる人間を獲得してゆく姿に心奪われた。

 

私は非常に満足な読書体験ができた。だが直木賞としてはどう評価されるのだろうか。もっと人間味を描いた方がウケはいいと思う。極限状態においても信念を曲げず行動を続ける登場人物たちは、だからこそ生き生きとしているのだが、現実味がないと捉えられるかもしれない。舞台設定が戦時中なのだから、それでこそリアリティがあるのだと思うが。あれだけの文献を参考にしているので、かなり史実に肉薄しているとも思うのだが。たぶん、理由は後付けで、感情や直感レベルで受賞作は決まっているのだろう。残念ながら、この作品は受賞が難しそうだと思った。それでもこの作品は、私にこれからはSFも読んでみようと思わせてくれたすばらしい作品だ。