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文学者になりきれず周縁部でおまつりさわぎをするの巻

剥き出しの人間性~永沢君 さくらももこ~

永沢君といえば、ちびまるこちゃんの登場人物であるタマネギの名前である。『永沢君』は彼と、彼の友人である藤木君小杉君にフォーカスを当てたスピンオフ作品である。

 

永沢君 (イッキコミックス)

永沢君 (イッキコミックス)

 

 

上田啓太さんが以前紹介していたので読んでみたかったのだ。上田さんについては特に説明しないのでいくつか記事を読んでみてほしい。

magazine.manba.co.jp

 

 

永沢君と言えば藤木君とふたりでいつも暗い会話をしていることでおなじみだ。今作ではそんな彼らが中学へと進学してからの様子が描かれている。まるちゃんやたまちゃんなどのメインの登場人物はほとんど現れない。永沢藤木小杉以外に登場するのは城ケ崎さんと花輪くんと野口さんだけである。メインキャラクターによってスピンオフが邪魔されないように構成されている。

上の記事で上田さんは、第5話の「性格」という話を取りあげていたが、私は第6話の「ラジオ」を取りあげようと思う。

藤木君と永沢君が同じラジオのリスナーであり、二人ともハガキを読まれたい「ハガキ職人ワナビー」であった。しかし藤木君は永沢君が知らないうちに3通も読まれ立派なハガキ職人デビューを飾っていたのだ。ラジオネームはキジフ・ゲルーシ。藤木しげるという名前をもじったらしい。

永沢君は藤木君に対して嫉妬心を燃やす。純粋に好きなラジオ番組で彼だけが読まれたことに対する悔しさに加え、彼が「面白さ」に自信を持ちクラス内で地位を築かんとするさまをも妬んでいるのだ。

藤木という奴はおよそ卑怯で魅力的とは言い難い男だが、彼の人生の中で中学時代はモテ期なのだろうと推測できる。それは後の修学旅行でのエピソードなどで美人の堀こずえと懇意になっていることでも伺える。しかし彼は永沢君との付き合いの所為で知らずのうちに堀の気持ちに気付かぬまま過ぎ去ってしまう。

話はどんどん横道に逸れるが、この藤木のような男でも、一生に一度くらいはチャンスが回ってくるというところにっ妙なリアリティを感じた。藤木のような男が堀のような美人に惚れられている。その単一の事象だけを取りあげればまるでリアリティはないのだが、今作はスピンオフである。本編のちびまる子ちゃんで藤木がどのような扱いを受けているのか読者は知っている。それを踏まえて藤木を取り巻く環境の中にほんの一筋の光明が差すのを目の当たりにすると、妙にリアルなのだ。そしてその光に気付かぬまま過ぎ去ってしまうというのも、人生とは案外このような巡りあわせにあるのかもしれない、などと妙に悟らされてしまう。

閑話休題。本編に戻る。キジフ・ゲルーシは明らかな才能を持っている。人気急上昇中のハガキ職人である。永沢君も一生懸命にハガキを書く。「うんこを利用しようのコーナー」宛でネタを送る。ラジオネームはキンタマネギ男。夜中までかけて一生懸命にひねり出した渾身の面白ネタをハガキにしたため、翌朝投函する。

キジフはクラス内でネタを披露し、不良の平井君にまでセンスをほめられていい気になっている。キンタマネギ男は今夜は俺が読まれる番さ、と鷹揚に構えている。

しかしネギ男が帰宅すると事態は急展開を迎える。母に「おまちっ!」と呼び止められたネギ男。なんと送ったハガキの宛名を間違えていたため、返ってきてしまったのだ。我が子渾身の「うんこの利用法」を見た母は脱力してしまう。おまけに名前はキンタマネギ男である。

......くう...

...さんざん育てて、キンタマネギ男かい......

育てたかいも、ありゃしない......

くう~~...

(P82より)

無念にも返ってきたハガキは読まれるはずもなく、今夜もキジフ・ゲルーシはステイチューンしている人々を笑わせる。

「...面白いなあ、キジフ・ゲルーシ......」

そうつぶやくキンタマネギ男の頬には一筋の涙。

 

この作品ではワナビーとデビューを飾った人間の近くて遠い関係が描かれている。基本的に永沢君はつねに冷静に正論を言うヤツなので、むかつくことを言われても否定できず余計にむかつく。そんななか、ワナビーとしての永沢君の無力感や挫折を描くことで、永沢君という人物像に奥行きが生まれ、なんだか愛情に似た感覚まで芽生えてしまうから不思議だ。まあ、城ケ崎さんと結ばれたりしたら興ざめするだろうが。

中学生の自我を備えつつも、基本的に永沢君も藤木君も小杉君もみんな素直だ。みんな君付けで呼び合うし。その素直さ、剥き出しの人間性が、時に相手を腹立たせ、時に友情をはぐくむ。暗いが、それでも立派な彼らの青春だ。じめじめさわやか。