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文学者になりきれず周縁部でおまつりさわぎをするの巻

第159回芥川賞⑧ 候補作予想「もう『はい』としか言えない」松尾スズキ(『文學界』3月号)

松尾スズキさんはずいぶん前に二度ほど芥川賞の候補になったことがある。演劇畑の方が芥川賞を受賞するというのはときどきあることで、第156回の山下澄人さん、第154回の本谷有希子さん、古くは第116回の柳美里さんや第88回の唐十郎さんもいる。

それにしても前回候補に挙げられてからかなり間が空いているので、もう芥川賞は卒業したと捉える方が正確かもしれない。しかし、こうして芥川賞直属の『文學界』に中編を寄稿しているというのは、賞がやってくるなら受けるという意思表示にも思える。

 

文學界2018年3月号

文學界2018年3月号

 

 

 読んでみて、書き手がかなりの手練れであることをまざまざと思い知らされた。はじめは不倫が明るみに出てしまうことを恐れた俳優の情けない様子の描写が見開き4ページほど続き、なんだか世相を斬っているなあと感じた。

冒頭からいきなり

2年間浮気していた。それがキレイにばれた。なぜばれたのかはそれから半年が過ぎてもわからない。(『文學界』3月号 P88)

とくる。ちなみにどうしてばれたかは最後までわからないがそんなことはさして重要ではない。

全編読めば、世相を斬る同時代性をウリにしただけの作品ではないことがよくわかる。

 

主人公の海馬は不倫がばれて妻の絶対監視のもとに置かれている。そんななか、自由人に送られるというクレスト賞にノミネートされる。授賞式のあるフランスへ1週間の逃避行。この間は妻の監視を逃れることができる。

所詮、海馬をがんじがらめにしていたものは、逃れようと思えば逃れられる程度のものだったのだ。しかし逃れたと思った海馬を待ち構えていたフランスは、そんなに甘くはなかった。これまで何とも向き合わず覚悟を決めたことのなかった海馬が、はじめて逃れようのない徹底的な事態を迎える。

しかし、なぜだかわからないが、笑いものになろうとしている自分を心のどこかでうけいれている気もする。この半年間、自分に足りなかったのは、公開処刑。それくらいの激しい痛みだったのかも知れない。(P129)

徹底的な事態を受けた海馬はむしろ、妻に会いたいと思っている。その気持ちを素直に表した結末は良い読後感をもたらしてくれる。しかしこれは罠かもしれない。うすーく読んでいた人はさわやか読後感に、なんだかんだハッピーエンドかと感じるかもしれないが、私はむしろ最後の一文に得も言われぬ絶望を感じた。強いショックを受けた。海馬のこれからの日常にどうしても想いを馳せないわけにはいかなかった。

芥川賞としてはぜひ候補作に挙げてほしい。受賞するに価する作品だと思う。

 

正直この文章だけ読んでも作品の内容についてはさっぱりだと思うので、お近くの図書館などへ赴いて『文學界』3月号を手に取ってみてほしい。『ヘルタースケルター』『リバーズ・エッジ』を描いた岡崎京子さんの特集も必見である。