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文学者になりきれず周縁部でおまつりさわぎをするの巻

おまつりの晩

 遠い夜のことでも俺は覚えている。まだ肩こりの苦しさなんて知らない、そのくせ同情や憐憫といったむずかしい心の機微は感じ取れる小学五年生のころ、俺は生まれた意味を知り世界を憎んだ。

 家を出て三十秒で浜辺に着く。浜辺の奥まったところの潮だまりに、ちっこい魚がたまにいた。ハゼの仲間と思われる。ぴとっと手に吸い付く感触が心地よかった。

 まだクーラーはうちにはなくて、といってもたいていの友達のうちにはあったので単に我が家が貧乏だったのだが、羽が三枚しかない扇風機が、我が家の「涼」を担っていた。俺も弟も親父も暑がりで、冷麺を食べていても汗をかいていた。おかんと妹は代謝の良さをひとしきり羨ましがり、あとは無関心だった。夏休みは冷麺そうめんひやうどんざるそば、その繰り返しだった。あの日が冷麺だったことははっきりと覚えている。夏休みが始まって一週間は経とうかという七月の末、すでに絵日記もすべて書き上げ、あとはひたすら自由な一か月を与えられていた俺は、純粋な暇を持て余していた。暇に飽かせて冷麺を啜っていると、対岸で同じく冷麺を啜っていた親父が珍しく口を開いた。

「今年は田舎、帰るか」

 田舎といっても親父の方のじーちゃんばーちゃんはもう死んでて、だからここで言う田舎とはおかんの実家を指す。田舎は信じられないくらい山奥にあり、おかんはそこから山を下って海に暮らす親父の下へやってきた。親父が言うにはおかんは山の中でイノシシと一緒に駆け廻っていたらしい。俺は田舎へ行くと聞いてまず、自分がイノシシと野山を駆け巡る様子を想像した。あまり楽しそうではなかった。

 俺が小さい頃は毎年田舎に帰っていた。行かなくなったのは親父がいっとき心を病んでしまって家を出られなくなったからだという。おかんは必死に親父を支え、今では精神なんてないのではないかと思われる傲岸な男になってしまった。じーちゃんとばーちゃんは永らく会っていないが、毎年の誕生日とクリスマスとお正月に、それぞれ現金を郵便で贈ってくれていたので名前を憶えている。洋二とハツ子だ。名前を知っていたって呼ぶことはない。二人は俺にとってはじーちゃんとばーちゃんであって、洋二とハツ子ではない。

 俺は小さかったのでほとんど記憶がないが、田舎には小さなおまつりがある。町の人が顔を合わせてあーだこーだ喋りあう場、出店は数えるほどしか出ておらずひっそりしている。

「近所の盆踊りも最近はやらなくなっちゃったし楽しみだねえ」

 母と妹は頻りに楽しみにしている。俺はまだ見ぬおまつりに胸をときめかす、というよりも、ことばにならない気持ちがふつふつと沸いているのを感じる。心の奥の方がキュッと窄んでしまったようで。