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第161回芥川賞① 候補作決定(直木賞も)

今回は1作を除いて全く読んでいないのだが、とにかく候補作を見た感想だけをまとめておく。

 

芥川賞

今村夏子「むらさきのスカートの女」(『小説トリッパ―』春号)

→候補3回目、第157回「星の子」以来2年ぶり

高山羽根子「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」(『すばる』5月号)

→候補連続2回目、第160回「居た場所」

古市憲寿「百の夜は跳ねて」(『新潮』6月号)

→候補連続2回目、第160回「平成くん、さようなら」

古川真人「ラッコの家」(「文學界」1月号)

→候補3回目、第157回「四時過ぎの船」以来2年ぶり

李琴峰「五つ数えれば三日月が」(『文學界』6月号)

→初候補

 

作品を読んでいないという前提で聞いてほしい。これはまあ誰が見ても今村さんが取るべき回だろう。ただ今回の今村さんの作品は少し弱い。「あひる」「星の子」で見せたじわじわせまって来る違和感が今回は弱かった。街で有名な、むらさきのスカートの変な女がいる。わたしは気になる。接触してみたい。気付いたら私が変な女になっていた。結末まで見えてしまっていたような気もするし、でも文章はテンポよくて読んでいて楽しくなってくる。選考委員がこの作品をどう評するのか気になるところ。そういえば今村さんの「あひる」を掲載し有名になった書肆侃侃房の『たべるのがおそい』という文学ムックが終刊してしまった。南無。

ほかだと連続で候補になった高山さんの作品が気になる。前回の「居た場所」はマジックリアリズムを巧みに織り交ぜ、虚実入り混じる迫力というものを感じさせてもらった。同じく連続候補の古市さん。今回の作品は「平成くん」とも連関があるとどこかで読んだ気がするのだがどうだったろうか。「平成くん」は再読するといろいろな点が目に付いてしまったが、初読の時点ではかなりお気に入りだった。大穴的存在。古川さんは候補に挙がらなかった「窓」(『新潮』2018年7月号)を読んだことがあるのみだが、方言にこだわりがある作者ではなかったか。どう扱われているか気になるところ。そして最後に李さんだが、これはもう本当に不勉強でお恥ずかしいがまったく読んだことがなく何の情報も無いので何も言えない。読めたら読む。

読んでいないと断ったうえで受賞作を予想するなら

本命 今村夏子さん「むらさきのスカートの女」

対抗 高山羽根子さん「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」

大穴 古市憲寿さん「百の夜は跳ねて」

といったところ。古市さんはもっといっぱい候補になって芥川賞を盛り上げてほしい。

続いては直木賞

 

直木賞

朝倉かすみ『平場の月』(光文社刊)

書下ろし

→初候補

大島真寿美『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋刊)

初出『オール讀物』平成30年/2018年1月号~11月号

→候補2回目、第152回『あなたの本当の人生は』以来4年半ぶり

窪美澄『トリニティ』(新潮社刊)

初出『小説新潮』平成29年/2017年4月号~平成30年/2018年6月号(平成29年/2017年8月号を除く)

→候補2回目、第159回『じっと手を見る』以来1年ぶり

澤田瞳子『落花』(中央公論新社刊)

初出『読売新聞』夕刊平成29年/2017年2月3日~11月18日/単行本化にあたり加筆

→候補3回目、第158回『火定』以来1年半ぶり

原田マハ『美しき愚かものたちのタブロー』(文藝春秋刊)

初出『週刊文春』平成30年/2018年6月21日号~平成31年/2019年4月18日号

→候補4回目、第155回『暗幕のゲルニカ』以来3年ぶり

柚木麻子『マジカルグランマ』(朝日新聞出版)

初出『週刊朝日』平成30年/2018年5月4日・11日合併号~平成31年/2019年2月22日号/単行本化にあたり大幅加筆修正

→候補5回目、第157回『BUTTER』以来2年ぶり

 

本命は朝倉さんでしょう。初候補だけど。山本周五郎賞吉川英治文学新人賞取ってるし。ただ今回候補に挙がった『平場の月』で山本周五郎賞を取ってしまっているのが少しネック。過去直木賞と山周賞をダブルで受賞したのは熊谷達也さんの『邂逅の森』たった1作である。2つはあげすぎじゃない?という訳の分からない論理が作用しないなら、受賞見込みは高そう。読んでないから、知らんけど。あと朝倉さんと言えば文学賞をテーマにした『てらさふ』という作品がすごくおもしろかったのでぜひ読んでみてほしい。以前このブログでも取り上げている。

同時受賞もありそうなのが窪美澄さんだろう。朝倉さんも窪さんもなぜこれほど直木賞に冷遇されるのかというほど候補に挙げられてこなかった方である。取ってほしいという希望も込み。ほかの候補作家さんはみなさん候補回数も重ねてこられている。いや本当に誰がとってもおかしくないな。読んでないから、知らんけど。

読みたいと思っているのはとりあえず朝倉さんの『平場の月』だけかな。気が向けば、そのうち、いずれ、また。

というわけでこちらも受賞予想。

本命 朝倉かすみ『平場の月』

本命 窪美澄『トリニティ』

対抗 原田マハ『美しき愚かものたちのタブロー』

大穴 澤田瞳子『落花』

 

今回は受賞作発表のニコ生をリアタイでは見られそうにない。マジ口惜しや。みんな楽しんでね。

思春期をちゃんと書く、書きすぎる ~「ラジオラジオラジオ!」加藤千恵 『ラジオラジオラジオ!』(河出文庫)所収~

 文藝系統の青春小説をたまに読みたくなる。ちょうど本屋で平積みしていたので加藤千恵さんの『ラジオラジオラジオ!』を手に取った。

 

ラジオラジオラジオ! (河出文庫)

ラジオラジオラジオ! (河出文庫)

 
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鈍麻した感受性を再起動させる小説 ~ヤモリ、カエル、シジミチョウ 江國香織~

 年が明けてから「これは!」と目の覚めるような作品に出会えていなかった。ただ時間が過ぎてゆくなかで自分がすり減ってゆくような不思議な焦燥感に身悶えながら手に取ったのが江國香織さんの『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』だった。

ヤモリ、カエル、シジミチョウ

ヤモリ、カエル、シジミチョウ

 

  図鑑のような装丁が非常に綺麗で、このためだけにハードカバー版を買うのもアリかもしれない。

 拓人という幼稚園児がこの世界をどう受け止めるかに焦点を絞って書かれているのだが、その世界を構築するディテールを厭というほど江國さんは書き尽くす。

 潔癖気味で常識に囚われた過保護気味の母親、人当たりだけは良いが不倫し放題の父親、拓人を恣意的に愛する姉、婚約者から婚約延期を切り出され反対に破局を宣言してしまうピアノの先生、半分ボケてきてテレビと会話し野良猫に餌をやるだけで近隣住民に迷惑がられる老女、などなど。彼らそれぞれの視点へと切り替わりながら物語世界は厚みを持って構築されてゆく。

 拓人はこれらの世界を、”ここにいる”と”ここにいない”の二元論で捉える。だから拓人が見るこの世界はとてもシンプルだ。拓人はある種のテレパス的素質を持っており、人や動物の心の中を読むことが出来る。声にならない思いや伝えたいことに対して、拓人は声に出さずに答える。そんな彼の特質を母親は言葉遅れだと嘆くが、実際は拓人が一番この世界と通じ合っている。母親はとことん形而下の存在であり、拓人はどこまでも形而上の存在である。このすれ違いが(母親には)さらなる悲劇を招いてゆく。拓人はどこまでいってもフラットなままで、彼にとって母親はいま”ここにいる”はずなのに”ここにいない”感じがする。その“ここにいない”感じは夫の不倫相手のことで思い悩んでいたり、子どもたちとのコミュニケーション不全(が生じているという思い込み)に関して思い詰めていることから生じている。そういうときはムリに話しかけたりせず距離を置く方がいい、とどこまでも冷静だ。

 文章に強いこだわりを感じた。語りすぎない、しかしどうしようもなく伝わってくるものがある、というのがこの物語の最も強い部分だ。本気で、文章でこの域に達することは一生ないだろうと悲しくなるほど才能を感じた一節を引用する。拓人の父(耕作)と不倫相手(真雪)の浜辺でのいちゃこらシーンからの一節である。

「べたなことを言ってもいいですか」

 真雪が訊くと、

「だめです」

 といいものがこたえ、ついでに喉に唇が押しあてられて、真雪はあやうく頽れそうになる。そっくり返り、腰砕けになって。けれど倒れないのは、背中を腕に抱えられているからだ。シーカヤックにも怯むくらいインドア派の耕作の、(たまにしか発揮されない)力強さに、真雪はいつも驚かされる。喉が熱くてくすぐったい。

「言いたい。言いたい」

 笑いがこみあげ、真雪の声はとぎれとぎれで、自分の耳にさえよく聞こえない。

「言わせて。お願い」

 結局、尻もちをついた。服が濡れても自分がまったく気にしないことを、耕作が知っていることが嬉しかった。

 立ち上がり、また指をからめる。

「やっぱり言わない」

 呟くと、耕作は聞こえないふりをした。言ったのとおなじことだと真雪にはわかる。百万ものべたなことを、自分たちはいま言いあった。

「さっきより、波、高くなったね」

 今度は自分の唇が、耕作を味わう番だと真雪は思う。

(『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』朝日新聞出版 P329-330)

 物語を貫く主軸はどこまでもはっきりしているのに、その主軸を物語的に彩る手腕があまりにも豊富だ。ころころと視点が切り替わるわりに展開される言語にあまり大きな差が見られない点など不自然なところがないわけではないが、そのような些細な瑕疵はすべて”そういうもの”あるいは”味”として片づけてしまいたい欲望を読者に抱かせた点でも、この作品の強さは一層感じられる。

第160回芥川賞㉚ 受賞作決定(直木賞も)

芥川賞

受賞作

上田岳弘 「ニムロッド」 (金盥予想:大穴)

町屋良平 「1R1分34秒」 (金盥予想:本命)

 

直木賞

真藤順丈 『宝島』(金盥予想:無印)

 

 予想的中率は50%を下回る。作品ごとの方向性にかなりばらつきがあり選考の場でどのような議論があったのか気になるところ。今村さんはやっぱり残念。早めに心の準備をしてたから堪えられたけど、けっこうショックだ。

 『宝島』はまだ読んでいないので早くよみたい。下馬評では一番手だったのかな。それにしても上田さんはようやく救われたけど森見さんはまた足蹴にされるのね。ひどいわ。町屋さんは危なげなかったね。ただいずれにしても前回のような決め打ちできる候補者はいなかったので結果をみて「ほお」とため息ともなんともつかない吐息をひとつ。

 とにかく『宝島』だけは読もうと思うけど、これからしばらくは文学賞からは距離を置きたいな。意識的に。映画とかもっと見よう。あと散歩したい。『女帝』も8巻で止まっちゃってるよ。というわけでしばらくはぜんぜん違う記事を更新していく所存。といいつつもまた戻ってきちゃうかも。

 まあとりあえずはこんな文章は早めにうっちゃって受賞者のインタビューを見ようね。

 

 

 

第160回芥川賞㉙ 受賞作予想確定版(直木賞も)

 お祭りに備えて私は早退してきた。

 年に二度。お祭りとしてはしょっちゅうやりすぎの感あり。でも回数減ったら悲しいからこのままで。

 それでは最終的な受賞予想を発表しよう。今回は本家の結果をシビアに予想する。しかし隠し切れない私の好みがもれいづるさやけさも感じてもらえれば幸甚である。

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第160回芥川賞㉘ 番外編Ⅴ 直木賞受賞作予想『ベルリンは晴れているか』深緑野分(筑摩書房)

 

ベルリンは晴れているか

ベルリンは晴れているか

 

  ミステリーとして評価が高い印象だが、むしろミステリーは付加的な要素だった。骨子にはWWⅡやナチスがドイツに遺したものに翻弄されるひとびとの生活があった。『アンネの日記』や『アドルフに告ぐ』ですでにある程度の素養を得ていたからかもしれないが、当時の生活がとても実感を持って湧き上がってきた。そして改めて『乙女の密告』を読み返したくなった。

 直木賞を取れるかというと残念ながら厳しいとは思う。読み物としての面白さが森見さんや今村さんに勝っているとはとても言えない。物語の背景に何を持っているかという強さはあるが、それも他の作品と比べてはるかに優れていると言えるほどではない。非常に身もふたもない言い方になるが、この作品は中途半端というかあまり心に残らないのだ。もしミステリーとして際立った部分があればまた違ったのだろうが、そちらの側面も非常にオーソドックスでそつなくまとまっているという印象だ。あとから論じる気にもあまりならない。選考委員諸氏は責任をもって選考にあたるだろうが、一読者としてはそこまでする義理はない。受賞作として広く世に知れ渡るべき作品はほかにある。

第160回芥川賞㉗ 受賞作予想「ニムロッド」上田岳弘(『群像』12月号)

  今回はできる限り一度読んだ作品も再読して受賞作予想をしようと思う。

tsunadaraikaneko-538.hatenablog.com

  再読したところ「こんなに薄い話だったか」という感想を抱いた。知らない世界を垣間見ることができたというところにこの作品の面白さはあったのだろう。ならば再読で同じだけの面白さを感じることは難しいだろう。駄目な飛行機コレクションや鼎談を機にニムロッドや田久保紀子と連絡を取れなくなったことをどうとらえるか、涙というモチーフの効果などいろいろ考えるものはありそうだが、強く興味を抱くかと言われるとそうでもない。今回の候補作には横文字を多用するものが多かった。そのすべてがはたして自覚的にそれらのモチーフを使いこなすことができているのかと言うと甚だ疑わしい。独り善がりな前衛芸術ではなく、もっと小説と正面から組み合ったような作品が読みたい見てみたい。